大きな夢を持つ現実主義者
投稿日d 2007-07-23 ヒット数 5710
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「民主労働党や民主労総のような主張をする人も必要である。しかし我々主流は強気で出なければいけない
最近、日常的な挨拶に対する金ムンス京畿道知事の答えは失望した投資家のふくれた答えのように聞こえる。
「韓国では地方政府に対する規制が絶えない。挫折せざるを得ない」と全国で最も人口の多い地方の責任を担っている56歳のリーダーが話した。
ハンナラ党3選議員であるキム道知事は現在ソウル近郊27市が属している広大な地域を率いっている。韓国人工の約46%を占める約2,200万人の人がソウル・京畿広域地域に住んでいる。キム知事は1年前、総選挙で京畿道知事に選ばれた。現在京畿道では新都市が増え続けている。
「へりに乗って下を見下ろすと京畿道は涙が出るほど広く、美しい土地である。 砂漠だけのドバイに比べると本当にそうである。しかしドバイには世界のクレーンの25%が集まり「ブランドビル」を建てている。しかし京畿道は「なぜ新都市を建設するのか」という批判ばかりを受けている」と彼は話した。
キム知事は韓国の政府は依然と中央政府の政策を中心に行われており、地方政府がすることには多くの規制がかかっているため、韓国の地方自治は地方自治だと述べることすら恥ずかしいと話した。
「現実を変えようと毎日のように闘争している。今日も[インタビューの日は7月2日]変換される米国基地の敷地に工場や大学を建てられるようししてほしいと国会議員にお願いしてきた。時には喧嘩になったり、抗議したりする。機会があれば法的措置も取る。一生懸命努力しているがそれほど成果はない」と彼は話した。
彼が誇りを持っている成果のうちの一つは1,000億ウォンを投入して成功させたソウル・京畿道の大衆交通統合乗り換え割引である。キム道知事は現在約2,300万住民の飲み水供給源である八堂湖(パルダンホ)の水質を改善させることに集中している。
彼はまた大衆により多く住宅を供給することで全般的に家賃を引き下げる計画である。この計画が達成されれば京畿道にアパート団地が集まった11の住宅団地が造られることになる。
「首都圏と非首都圏の間の‘国内戦争’だけを見てはいけない。北東アジア地域の中で遅れをとらないためには大統合が必要である」とソウル近郊地域のみ開発が集中されてはいけないという提起されつつある主張を認めながら彼が話した。
キム道知事はソウル、インチョン、京畿、全羅南道(ジョンラナムド)、全羅北道(ジョンラブクド)と中国の山東省や上海までをベルト化する経済区域の構築を提案している。彼はこの区域が工場やレジャー施設、大学などを誘致することになると述べた。
彼は首都圏と周辺地域間のバランスの取れた発展を主張する盧武鉉(ノ・ムヒョン)政府のバランスの取れた地域発展論に反対した。
「バランスの取れた地域発展論は時代錯誤的な考え方である。もちろん、‘バランスの取れた発展’というスローガンは叫ぶことはできるが、これはただ過去の共産主義による失敗が証明された下方標準化戦略だけである」
しかし急速な成長と資本主義の発展を信奉する道知事は労働者の権利と政治的な権利のために激しく戦ってきた運動家出身である。彼は朴正熙(パク・ジョンヒ)前大統領が長期執権のために推進してきた改憲に反対するデモを主導したという理由から高校3年の時に停学になった。ソウル大学に入学した後、彼は活動家として暮らしてきた。彼は工場の労組を構成するために小さな衣類工場に就職したりもした。彼の20代と30代は手配と投獄、そして拷問塗れである。彼はある電子会社の労組委員長出身であるソル・ナンヨンさんともソルさんの家で逃避生活をしたことが契機になり結婚した。
1987年、彼は進歩政党を立党した。1992年総選挙で全国的に310,000票を獲得したが国会議席を確保することはできなかった。1994年、彼は当時の金泳三(キム・ヨンサム)前大統領が率いる与党に合流することを決心した。
彼は現在国会で保守勢力てある政党に合流したため「裏切り者」だと批判された。しかし彼は金泳三前大統領の改革政策を支持したためその党に合流することを決めたと述べた。
自分が経験したイデオロギー的な変化に対して説明する前に彼は一瞬沈黙した後話し始めた。「成熟したのであろう。民主労働党や民主労総のような主張をする人も必要である。しかし我々主流は強気で出なければいけない」
彼は自分がこれ以上非主流勢力の擁護者ではなく、主流であると話した。
キム道知事は自分が考えを変えた理由は社会主義が没落したためであると述べた。彼は前共産主義宗主国の女性が韓国に来てジーンズ一着の値段のために体を売っている現実にショックを受けたという。
「キム・ジョンイルはドバイに行き学ばなければいけない。ドバイは門戸を開いたから成功し、北朝鮮は門戸を閉じたから滅びた。一方、滅びるだろうと思われてきた資本主義はむしろ成功しつつある。米国は引き続き世界唯一の巨大国の地位を固めつつあるでないか。最後に現実を知りつつながら責任感が沸いてきたのである」と彼は述べた。また彼は過去を共に歩んできた点から依然と民主労働党や民主労総の人と同僚意識を持っているが現在と未来に対する認識では彼らとは大きな差があると次のように述べた。
「過去も大切だが現在と未来に対して共感することがもっと重要である」
3選国会議員であるにもかかわらず依然と提起されているハンナラ党が彼を党の代表や大統領選挙の候補として見ているのかという質問に彼はこのように答えた。
「今までハンナラ党の主流も私をよく受け入れてくれたと思う。ソン・ハッキュウ元京畿道知事は「ハンナラ党は私を捨てた」として離党したが私は違う。私は現実主義者である」
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