‘太極旗、どのくらい知っているの?’太極旗の各部分別の意味から描き方まで

投稿日d 2015-03-11 ヒット数 592

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ソウルの津寬寺(ジングァンサ)の解体・補修過程で発見された一枚の太極旗です。丸くて正しい赤い円の上に太極模様の青い部分がくねくねした黒い墨で上書きされています。この二つの事実から見て、日の丸の上に重ねて描かれた太極旗であることがわかります。この太極旗は、津寬寺の壁を解体する過程で、大韓新聞と朝鮮独立新聞などと一緒に発見されました。一緒に発見された新聞の日付が3.1運動の直後であることから見て、3.1運動当時使用された太極旗と推測されます。日本に抵抗する運動で使用された、日の丸の上に重ねて描かれた太極旗。当時、我々の先祖たちの抵抗精神と独立への願いを垣間見ることができます。

■ 愛太極旗掲揚運動キャンペ

2015年2月26日。水原駅の風景は、まるで1919年3月1日を見ているようでした。多くの人々が手に太極旗を持ったまま、水原駅前の通りを行進していました。 3.1節を迎えて行われた「国愛太極旗掲揚運動キャンペーン」でありました。

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参加者たちはこの日、横6m、縦4mサイズの大型太極旗を持って水原駅の梅山地区隊から水原駅の列車乗り場まで約10分間、街頭行進を行いました。この行進のほか、様々なプログラムが行われました。

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幼い子供たちが太極旗を身に巻いたまま「太極旗精神決議文」を朗読しています。そのほかにも「太極旗雄弁」、「柳寛順烈士パフォーマンス」、「道民と一緒に描く希望の太極旗製作行事」などが行われました。また、「太極旗展示会」を開いて、先に紹介した津寬寺の太極旗のほかにも、抗日運動に使用されたさまざまな太極旗を直接見ることができる機会が用意されました。

■ 立運動に使用された太極旗

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会場に展示された色んな太極旗、一緒に見ればいいと思い、紹介していたします。 

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この太極旗は、独立運動家のナム・サンラク先生の太極旗です。 1919年の立万運動に使用するために作られた太極旗で、全体が手縫いで製作されました。手縫いで一針一針製作した太極旗から、ナム・サンラク先生の独立運動への念願と真心がぷんぷん感じられます。

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左の太極旗は、大韓民臨時議政院庭にかかった太極旗であるそうです。大韓民国臨時議政院は、日本に奪われた国権を回復するために上海に建てられた機関で、以降、大韓民国臨時政府に変わります。右の太極旗は、金九先生が直接書いた手紙が残っている太極旗で、1941年に中国から アメリカへ向かうベルギー人神父ミウス•オグ( 梅雨絲)に渡された太極旗です。光復軍に対する同胞たちの支援を要請した金九先生の直筆の手紙が書かれています。 

■ 太極旗の各部分別の意味

これまで多くの太極旗を見てきましたが。皆さんは太極旗についてどのくらい知っていますか?太極旗の各部分の名称と意味、正しい太極旗の描き方について知っていますか?太極旗の描き方については、確かに何回か学んだことがありますが、実際は、毎回描こうとすれば混同するのが事実です。だから用意しました。太極旗についてのすべて!

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ご存知のように太極旗は、白地に赤の色の太極模様が円の中央に位置しており、四隅には、それぞれ4つの卦が配置された構造です。まず、白い色は「白衣民族」という言葉を聞いて見たことがあるでしょ?我が民族を象徴する色です。そして、太極模様の青い部分は、赤い部分はを象徴し、陰と陽の調和を意味します。四卦の場合は、通常、乾坤坎離と知っておられると思いますが。乾坤離坎と覚えているのがもうちょっと楽そうです。乾坤離坎の順にそれぞれ春夏秋冬、東西南北、仁義礼智を意味するんですよ。

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